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【またもや大人物発見!孫礼】三国志 横山光輝 55 祁山夏の陣

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三国志 横山光輝 55 祁山夏の陣

さいともくん

こんにちわ!さいともと申します!

前回で物語としてのお膳立てが整い、今回は孔明と司馬懿の直接対決が実現します!

そしてこの戦いは孔明による北伐ではなく、魏による曹真総大将による侵攻になる。

あんにーん

病気してたのになんだか不自然!

今回の記事はそんな子午の役(しごのえき)とその前の戦いで行われた孔明と司馬懿の直接対決による蜀魏の関が原について!

さらにはこの戦いに参戦している武将、孫礼について見ていきます!

さいともくん

孫礼に関してはまた新たな発見をしました!

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※この記事の主旨について

この横山光輝『三国志』記事はこの漫画(演義)とwikiからの正史を見合わせて思いを馳せて楽しむのが主旨です!

歴史検証や論文的なものではございませんのでご了承ください。

横山三国志や演義での孔明はこんな描かれ方でも、正史ではこんなだった!

的なギャップを楽しめればという内容です。

こーめーくん

よろしくお願いします!

目次

あらすじ

張郃は匹夫の勇で孔明に挑むもことごとく敗れる。
しかしこの戦いで

その昔、張飛と張郃がいずれ劣らぬ戦いをし魏に張郃ありと聞こえたものだがこの目で見てなるほどと、思いあたる

折あらば討ち取っておかねば蜀にとって油断のならぬ存在になろう

横山光輝『三国志』 55巻より

と言わしめている。

孔明と司馬懿の睨み合いが続く中、孔明は再び丞相職を拝命する。

孔明は司馬懿に大勝利するも、張苞の死を聞いて血を吐いて倒れる

さらにはなぜだか心労により病に伏せていた曹真が元気になり、いきなり蜀の漢中へ攻め込む

孔明と司馬懿の対決はまた続いていく!

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キーワード 子午の役(しごのえき)

230年 大司馬の曹真が蜀の討伐を訴えて曹叡に上表。
司徒華歆の反対もあったが、陳羣の言葉もあり軍を興す。

曹真子午道
張郃斜谷から曹真を輔ける
司馬懿が西城から漢水をさかのぼり、南鄭で曹真と合流
郭淮が費耀らを従えて武威郡より漢中をめざす。

蜀の孔明は魏延に防備を固めさせ、李厳に二万の兵の指揮を取らせる。

しかしこの戦いは大雨が続きうまく進軍できず。
また信憑性がないとするが、孔明が少ない手勢であったため、陽平関で空城の計により司馬懿が引っかかり軍を引くという話もある。

かくして大雨と長雨により、曹真は全軍を撤退させる。

そして洛陽に戻った曹真は重病となり翌年3月に死去する。

曹真の後継は司馬懿となる。

ちなみに孔明は曹真に侮辱の手紙は送ってはいない。

ピックアップ人物伝 孫礼

コーエーテクモゲームス 三國志11 より

ここでは郭淮同様、武将という描かれ方になっていますが、政治家?という側面もあったようです!

さいともくん

剛毅果断で厳格正直でなんだか徐晃を思い出すような武将ですが、そんな孫礼を見ていきます!

曹操が幽州を支配すると召し出される。
しかしかつての恩人が法に触れて死罪となることを知った孫礼は脱獄の手引きをして自主する。
のちに曹操にとりなしてもらい、孫礼と恩人の罪は減らされる。

それから賊の鎮圧などの功を立てて出世してあらゆる郡太守を歴任した。

228年 曹休の呉討伐に従軍。
その後は宮廷に入り尚書となる。
曹叡の行幸の際に虎が帝の車に向かってきたが、孫礼は馬を降りて剣を振るって追い払おうとするが曹叡に馬に乗って追い払うよう命じられる。

曹叡に曹爽の補佐役を任されたが厭わしくされて揚州勅史、関内侯とされて地方へ飛ばされる。

241年 芍陂の役(しゃくひのえき)にて呉の全琮が来襲したが少ない兵力で交戦して退却させる。

のち、荊州勅史さらに冀州牧に転任。

さいともくん

よっぽど曹爽に嫌われてたんですね

コーエーテクモゲームス 三國志11 より

と思った矢先

この時、長年の懸案だった清河郡と平原郡の境界争いについて、司馬懿に考えを尋ねられたが、孫礼は任地へ出発する事なく解決案を示してみせた。孫礼は着任すると、直ちにその解決案に従い裁定を下したが、それが曹爽の意に沿わないものであり横槍が入ったため、激しい抗議を含んだ上奏をした上で、正装して処分を待った。曹爽は上奏を見て激怒し、孫礼を弾劾した上で5年の謹慎を命じた。しかし、とり成しの声が多かったため1年で城門校尉に復職した。

孫礼 wikiより
あんにーん

やっぱり嫌われてる!

そして孫礼は并州勅史となり匈奴鮮卑が幾度か辺境を侵すのに対抗して着任する。

ここで孫礼は出発前に司馬懿に挨拶に行くが黙ったまま発言せず、司馬懿はこれを察して并州勅史を不満に思っているのではと慰める。

しかし孫礼は国家の危機を心配しており、曹爽の専横を野ばなしにしてる司馬懿を批判して涙を流す。

司馬懿はその専横を耐えるよう孫礼に言う。

のちに司馬懿がクーデターを起こして成功すると最終的に司空にまで昇り詰める。

250年に死去。

さいともくん

あれ?司馬懿の元で孔明と戦っていたのは別人物ですか?

こーめーくん

これが三国志のおもしろさなんです!

さいともくん

素晴らしい人物にまた出会えました!誠の忠臣!

トピック 蜀魏関ヶ原

今回はなんといってもこの関ヶ原の戦いである。

さいともくん

んん!?関ヶ原?

この出典はどうなっているのか?

そう!吉川英治『三国志の』からである。

両軍の決戦的意義といい、その精猛を挙げつくしている点といい、また戦場の地勢けら観ても、終日にわたったその日の激戦は、まさに蜀魏の関ヶ原ともいえるものだった。

三国志(八)(吉川英治歴史時代文庫)天血の如し 三 より

どちらかと言うと決戦ではあるが、天下分け目とまでは言ってないことから、決死の戦いで1日で終わった戦いという観点が大きいのかも知れません。

しかしながらこれはフィクションになります。第三次北伐の延長戦的な描かれ方で前回の記事のトピックに詳細を載せましたが、フィクションながらも両軍決死の戦いを見せて最後には過労により孔明が血を吐いて倒れて、この蜀魏の関ヶ原は幕を閉じます。

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さいともくん

最後まで読んでいただきありがとうございました!

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この記事を書いた人

東京都下在住のフリーランス。アコギ初心者練習に余念のない元ベーシストバンドマン。ピアノの音すき。つまりは音楽が好きです。
本業の仕事では、ほぼ毎日運転しつつも十年以上無事故無違反のガチゴールド安全運転者。
禁煙歴2年になります。
当ブログの『さいともブログ』ではイヤホンを中心としたガジェット、はたまた横山光輝「三国志」についてのブログとなっております。

ahamo

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