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三国志 横山光輝 50巻 孔明北伐行 【孤高の将軍 姜維の登場!】

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三国志 横山光輝 50巻 孔明北伐行

目次

はじめに

さいともくん

本の内容については漫画を読めばいいと思うので、ここでの記事は補足となる、人物や物事を取り上げて漫画を少しでも楽しく読めるようにするのが本記事の目的とします!
よろしくお願いします!

こーめーくん

よろしくお願いします!

せんにーん

前回の記事はこちら!

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あらすじ

コーエーテクモゲームス 三國志14 公式より

孔明は30万の兵をおこして魏へと侵攻する。
魏では夏侯楙が迎え撃つ。
夏侯楙は夏侯淵の息子となる。
老将となった趙雲の活躍により戦場経験のない夏侯楙は引き立て役にしかならない。

しかし南安城は堅牢ゆえ戦術の手段を考える。

孔明はまず南安城より北の安定城を落とす。
また降伏させた安定城の太守親交のある南安城の太守を謀略と策略合戦のすえ、勝利しさらに魏の総大将、夏侯楙を捕らえる。

コーエーテクモゲームス 三國志11 より

次に天水城攻略になるが、ここで姜維が登場する。

見事に孔明の謀を見抜いた姜維は見事勝利する

あんにーん

この物語においてはじめて?!孔明は負ける!

こーめーくん

!!??

しかし捕らえた夏侯楙を使い、孔明はさらに姜維に策を向ける。

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キーワード 北伐

蜀における北伐は、蜀の諸葛亮が自ら陣頭指揮を執り魏に対し五次にわたって実施した軍事行動

前回の孔明の名文、出師の表にもあるように先代の劉備の恩に報いるため、魏へと侵攻し、漢朝を復興させようという孔明の強い願いにより北伐を実行する。

しかし蜀の現実は国力においても軍事面においても苦しい中での出兵となってるが、結果としては逆に魏から攻められる前に攻めているところが戦略的には活きてる面も指摘されている。

せんにーん

関羽の一連の戦いがなければ、蜀はもっと上手くいったかもしれませんねぇ

さいともくん

かえすがえすも悲しい😭

228年 第一次北伐は、最初のうちこそ上手く行っていたものの、諸葛亮の指示に背いた先鋒の馬謖が張郃に撃破され、その後、蜀軍は撤退する(街亭の戦い)。

228年 第二次北伐は、攻めあぐねているうちに食糧不足により撤退した。なお、撤退時に追撃してきた王双を討ち取っている(陳倉の戦い)。

229年 第三次北伐は、陳式が武都・陰平を攻め、諸葛亮が魏の郭淮を防ぎ、武都・陰平の両郡を平定した(陳倉の戦い#第三次北伐)。

231年 第四次北伐は、祁山を包囲し、援軍に来た張郃・司馬懿を撃退するが、同年夏6月に食料不足により撤退する。なお、撤退時に追撃してきた張郃を討ち取っている(祁山の戦い)。

234年 第五次北伐は屯田を行い長期戦に持ち込むが、同年秋8月に諸葛亮は陣中で病没した(五丈原の戦い)。

その後も蒋琬や姜維による北伐も計画はされるが蜀最終期の姜維による苦しい北伐のみとなった。

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ピックアップ人物伝 姜維

コーエーテクモゲームス 三國志14 公式より

孔明の後継者の登場となるこの巻にふさわしい人物の紹介。

あらすじにあるような活躍はどうやら正史にはないようだが、行き場を失って蜀に降伏したのは本当のようだ。

コーエーテクモゲームス 三國志11 姜維

孔明の死後の活躍

孔明の死後は諸軍を指揮・統率することを許され、着実に出世。

238年大将軍の蒋琬は魏討伐準備のため漢中に駐屯し、姜維もこれに従う。
一軍を率いて何度も侵入。しかしながら243年蒋琬は北伐を断念して漢中から撤退。
姜維は漢中に残り、北方への備えとして残る。

コーエーテクモゲームス 三國志11 より

247年にはさらに昇進して軍の中枢の位置まで出世。
そんな中、姜維は孔明の意思を継ぎ大規模な北伐を企画するも、蒋琬の後継者費禕の賛同は得られず、戦うにしても1万以上の兵を与えなかったとされる。

「我々の力は丞相(諸葛亮)に遥かに及ばない。その丞相でさえ中原を定める事が出来なかったのだ。ましてや我々に至っては問題外である。今は内政に力を注ぎ、外征は人材の育成を待ってからにすべきだ」

姜維 wikiより

と費禕は語っている。

コーエーテクモゲームス 三國志11 より

253年費禕が刺殺されると、費禕の後を受けて軍権を握り、大規模な北伐を敢行
夏侯覇を味方につけての大勝もあったが256年段谷の戦いで鄧艾に大敗し、これが蜀を大きく弱体化させる。

姜維は失策により降格。しかし後にまた諸葛誕の反乱をやぶり大将軍に復帰する。

しかし中央では北伐派がいなくなり姜維は孤立する。

北伐ができない間、姜維は漢中の守りを徹底する。この間姜維は内政面に顔を出しておらず、劉禅の前には黄皓が台頭し、劉禅は酒色に溺れ国政は混乱していく。

262年再び北伐するもまた鄧艾に敗れる。

さらに姜維は孤立を深めて、成都にすら帰れなくなる。

263年魏の侵攻の近さを感じた姜維は増援を要請するも黄皓のわけのわからない神託により叶わなかった。

姜維が鍾会と対峙している間、鄧艾は迂回して成都盆地へ進軍して綿竹へ侵攻。
劉禅は抵抗すらできずに降伏。

これを聞いた姜維は鍾会に降伏。

その後、姜維はこの鍾会が反逆の意思があるのを見抜いて反逆するよう提案。

しかし失敗して鍾会および妻子らも殺される

さいともくん

ここまで見て思うことは、やはり孤立はまずいということを感じずにはいられません。

トピック 蜀漢帝国の軍人役職

現代の軍において例えば、1番上に元帥がいて大将・中将・少将・大佐などと階級制度がありますが、この時代の階級はどんなだったのでしのう?

蜀漢帝国では劉禅が皇帝、孔明が丞相と現在の日本に置き換えると天皇と総理大臣の関係にも似ていると思うが、ここではあくまでも軍についてみていきたいがあまり資料を見出せませんでした。😭

さいともくん

三国志ではありませんが、毎度のwiki教授『将軍』から見てみます!

ここで中国歴代王朝の将軍号の序列に品秩というのが一品二品とあり、いわゆる爵位であり俸給、段階のある禄となっています。

一品は言うまでもなく、大将軍


二品に驃騎・車騎・衛、諸大将軍


三品に征東・征南・征西・征北
鎮東・鎮南・鎮西・鎮北中軍・鎮軍・撫軍
安東・安南・安西・安北
平東・平南・平西・平北
左・右・前・後
征虜・冠軍・輔国・龍驤

さいともくん

となりこの三国志においての人物紹介でもたびたび目にする将軍の呼称になります。

あんにーん

この三品くらいまでを知っていればなんとなく階級高くて評価高いという解釈でいいのかな?

いずれにせよ、2000年近く前の文明社会において、すでに立身出世やら身分が大いに存在して権力を作り維持しようと言うのがこのような階級の存在から感じられました。

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この記事を書いた人

東京都下在住のフリーランス。アコギ初心者練習に余念のない元ベーシストバンドマン。ピアノの音すき。つまりは音楽が好きです。
本業の仕事では、ほぼ毎日運転しつつも十年以上無事故無違反のガチゴールド安全運転者。
禁煙歴2年になります。
当ブログの『さいともブログ』ではイヤホンを中心としたガジェット、はたまた横山光輝「三国志」についてのブログとなっております。

ahamo

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