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【後半戦は脚色された戦い】三国志 横山光輝 52 街亭の戦い

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三国志 横山光輝 52 街亭の戦い

さいともくん

こんにちわ!さいともとお申します!

前回の孔明の攻勢により魏は危機感を覚え、一度身分をおとしめた司馬懿に対して再度、孔明の北伐阻止に進軍することとなった。

今回の52巻はそんな街亭の戦いを少し詳しく見ていき、孔明にやられまくりの曹真について、さらにはこの三国志において曹操・荀彧、劉備•孔明の人材登用の有能性について考えてみたいと思います!

さいともくん

結論からいうと、孔明が人材登用能力がなかったというより、曹操•荀彧•劉備が凄すぎ!

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※この記事の主旨について

この横山光輝『三国志』記事はこの漫画(演義)とwikiからの正史を見合わせて思いを馳せて楽しむのが主旨です!

歴史検証や論文的なものではございませんのでご了承ください。

横山三国志や演義での孔明はこんな描かれ方でも、正史ではこんなだった!

的なギャップを楽しめればという内容です。

こーめーくん

よろしくお願いします!

目次

あらすじ

 諸葛孔明
コーエーテクモゲームス 三國志14 公式より

前巻までの孔明の数々の勝利により、危機感を覚えた魏は司馬懿を再び将軍として長安へ赴く。
しかし孔明の数々の勝利に呼応した孟達が再び蜀へ降ろうと画策して、洛陽を襲おうとするが、実現に至らずかえって孟達は討ち死にする。

孔明と司馬懿の戦いが幕を開けるこの時、2人の共通の戦場が街亭となる。

この守備に孔明は馬謖を起用する。

これがこの戦いの勝敗を分けることになる。

つまりは馬謖は兵法のミスを犯し、食料補給路たる街亭を獲られる。

最低限の退却を孔明による空城の計により成功させるが、蜀軍は敗退する。

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キーワード 街亭の戦い

街亭の戦い(がいていのたたかい)は、中国の三国時代における、魏と蜀による街亭(現在の甘粛省天水市秦安県)での戦い。228年張郃が指揮を執る魏軍が、馬謖が指揮を執る蜀軍を破った。この戦いで破れた蜀軍は全軍撤退を余儀なくされ、第1次北伐は失敗に終わった。なお街亭の所在に関しては、現在の甘粛省天水市秦安県隴城鎮にあたるとするのが通説であるが、柿沼陽平は、①街亭の馬謖軍が敗れたとき、諸葛亮の本陣は街亭から「數里」の距離にいたとされること(『袁子正論』)、②諸葛亮の本陣は祁山にあったこと、③祁山から上邽郡まで二四〇里あり(『水経注』)、秦安県隴城鎮は上邽郡のさらに東北にあり、よって祁山と秦安県隴城鎮では数百里の距離があること、④街亭の戦い時点で、曹魏側の上邽郡城は陥落しておらず、そこを飛び越えて蜀漢軍がさらに北側に位置する秦安県隴城鎮には攻め込みようがないこと、⑤街亭=秦安県隴城鎮とする通説の典拠はどれも魏晋時代より後世の史料であって、信憑性を欠くことをふまえ、街亭の戦いは祁山付近で行われた可能性が高いとする[1]。

街亭の戦い wikiより

あらすじにおいて、また出師の表から孔明が北伐するに際して、司馬懿が左遷される下りがあるが、ここはことごとく演義による創作なのがわかる。

またこの戦いの魏の指揮を執ったのは実質、張郃だということ。

\張郃に関しての記事/

これに気を使ってか 孔明のセリフで「張郃をなんとかしないと!」といわせている。

この北伐において孟達が裏切り司馬懿に急襲されて討ち取られるところは正史も同様なようである。

この一連の戦いの概要を整理する

事態を重く見た曹叡は自ら長安まで親征する。

夏侯楙を更迭して曹真に関中方面を担当させる。

孔明に対しては曹操来の将、張郃をあてる。

これに対して孔明は、馬謖を抜擢して街亭で張郃に備えさせる。

※この人選には歴戦の将、魏延や呉懿などに任せるという意見あり。

馬謖は孔明の指示に背き、山上に陣を構えるなどする。

王平は再三諌めたが聞き入られず。

張郃は馬謖たちの水路を断ち、士気がさがると攻撃して勝利

王平が撤退のしんがりのおかげで全滅を免れる

この馬謖の敗北の流れから列柳に布陣していた高翔は郭淮に敗北

曹真は趙雲•鄧芝を撃破して退却させる。

この敗戦により孔明は全軍を撤退

さいともくん

姜維を降伏させたまでは孔明率いる蜀漢が優勢でしたが、馬謖の作戦で全てが水の泡になった印象ですね

ピックアップ人物伝 曹真

曹真は孔明のやられ役なんかじゃない
曹真
コーエーテクモゲームス 三國志14 公式より

横山三国志および演義において孔明に手玉に取られる、かつての周瑜のようなぞんざいな扱われ方になっているが、正史の曹真は孔明の北伐を防いだ曹一族の将軍という評価になる。

曹真の略歴

漢中において劉備と争うと、曹洪に従う。
夏侯淵が戦死すると征蜀護軍に任じられ、徐晃らと劉備軍を破る
曹操自ら漢中奪還に赴いたときは、曹洪•張郃らと陳倉に駐屯

220年 曹丕が魏皇帝に即位すると鎮西将軍・仮節・都督雍涼州諸軍事となって、東郷侯に就任。
異民族や反乱鎮圧に活躍。
222年 上軍大将軍・都督中外諸軍事・仮節鉞に出世。雍州•涼州の軍事も都督
223年 曹丕自身の親征による呉への3方向からの侵攻に参加。
江陵を攻撃。これにより中軍大将軍に昇進。
226年 曹丕が崩御する際、曹休 陳羣 司馬懿とともに曹叡を補佐するよう委ねられる。
228年 蜀漢の北伐により、南安 天水 安定の3郡が一時降伏するも馬謖を破り再び奪還。
次の戦いに備えて陳倉の守備を強化
230年 大司馬に昇進。
蜀征伐の必要性を曹叡に説き攻めいる。
司馬懿も参加させたが、大規模な作戦を行ったが秋の長雨であえなく撤退。
まもなく重病となり231年春死去

あんにーん

曹一族の身内なのに素晴らしい将軍ではないですか!

さいともくん

正史と演技で全然違う人物!
演義による被害者的な存在でしたね!

トピック 人材登用問題を考える

ここでは曹操 劉備、そして臣下の諸葛亮 荀彧による人材登用の能力値をみてみる。

さいともくん

みなさんはどんな点数を彼らに与えますか?

曹操

コーエーテクモゲームス 三國志11 より

歴史学的には、まず中国における郭沫若らの曹操論争があって文学的な評価が進み、その流れを受けて日本でも、京都大学の谷川道雄・川勝義雄らによる曹操集団および曹魏政権に対する再評価が進んだ。曹操の政策として知られる九品官人法は魏晋南北朝時代の貴族制度の前史として言及されることが多い[注 16]。川勝らの曹操ないし曹魏政権、魏晋南北朝理解に対して、越智重明・矢野主税などとの間では1950年代から1970年代の間に活発な議論があった[要出典]。また後漢が建国の経緯から豪族のと知識人を糾合した政権であり、統治機能が失われた黄巾の乱以降に、いち早く豪族と知識人を糾合することに成功したのが曹操であり袁紹であった。曹操が袁紹に勝利した要因には上述の九品官人法のような現実的な人材登用制度の採用がある。また屯田制は豪族が土地と農民を所有する制度に対抗するために導入したが、結果として全ての土地が曹氏のものとなった。これはのちの西晋の占田・課田制とそれに続く均田制をかんがみると公地公民制度の端緒といえる。

曹操 wikiより
さいともくん

歴史学という観点から引用しました。

豪族との対抗処置としての屯田制と張遼・楽進・于禁・張郃・徐晃を代表する絶対的な将軍軍人がなんとしても必要なのがわかります。

必要なのはわかりますが、必要なだけで人材は集まりません!
豪族はともかく、名士を大事にしつつ計算だけではない恩情が曹操にはあったと推測できます。

さいともくん

三國志のゲームしていて曹操の配下武将のバランスの良さを感じずにはいられません!

劉備

コーエーテクモゲームス 三國志11 より

官渡の戦いまでは商人からの援助を受けられ義勇軍結成で黄巾の乱を戦い、関羽•張飛•趙雲など最高の武将を得て、中原を戦っては逃げ駆け抜ける

そんな劉備も名士に対する違和感はあったのではないか?
三顧の礼以前の何年間かは戦も少なくなり、考え方を変えたのではないかという読み方もある。

孔明を得た劉備はまた豪傑のみならず、入蜀から龐統を側におき、法正などの名士を得て蜀を得ます。そしてこの法正の力で漢中をも得ます。


しかし龐統、法正を失った劉備夷陵の戦いにて結果的に敗北してしまう。

もちろん名士を味方につけてはるかに年下のうわさの名声だけの孔明を三顧の礼によって得た功績は計り知れませんが、関羽や張飛を味方につけていたという魅力は、これ以上ない能力なのではないでしょうか?

さいともくん

曹操ですら関羽を味方にはつけれませんでしたし!

孔明

コーエーテクモゲームス 三國志11 より

人材登用という面においては後継者の費禕蒋琬姜維などすごい人物はもちろんいますが、夷陵の戦い以降、厳しい戦いを強いられてる中、魏延馬謖といった人材の使いこなしにやや「❓」となる面がありました。

さいともくん

疑い深さは確かに大事ですが、曹操や劉備にはこういった面が見えませんでした!

主君とは違う立場というのもありますが、上司として人を使うといことの難しさを感じずにはいられません!

荀彧

荀彧
コーエーテクモゲームス 真三國無双8 公式より
さいともくん

三国志においてこれまでwikiから正史を見てきた最大の興味深さはこの荀彧になります。


横山三国志においては出番はあるものの、印象に残らない登場となっている。
しかしゲームでは評価の高い軍師という設定。

コーエーテクモゲームス 三國志11 より

\荀彧についての記事/

196年、献帝を迎え入れるよう進言し、曹操は許で迎え入れる。
後漢の侍中•尚書令となった荀彧は曹操の元で頻発には進言できなくなったが、ここで荀彧はあまたの人材を曹操に推挙する。

荀攸•鍾繇
荀悦•戯志才•郭嘉•陳羣•杜襲•趙儼(ちょうげん)
司馬懿•郗慮(ちりょ)・華歆・王朗・杜畿

さいともくん

これだけの大人物を推挙しただけで彼の功績は計り知れないのではないでしょうか!?

あんにーん

荀彧を主人公とした物語をどなたか書いてください!

つまるところ、曹操も劉備も孔明も当代きっての英雄ですが、ここに荀彧が入ってもおかしくないんじゃないかというトピックでした!

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さいともくん

最後まで読んでいただきありがとうございました!

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この記事を書いた人

東京都下在住のフリーランス。アコギ初心者練習に余念のない元ベーシストバンドマン。ピアノの音すき。つまりは音楽が好きです。
本業の仕事では、ほぼ毎日運転しつつも十年以上無事故無違反のガチゴールド安全運転者。
禁煙歴2年になります。
当ブログの『さいともブログ』ではイヤホンを中心としたガジェット、はたまた横山光輝「三国志」についてのブログとなっております。

ahamo

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